“信頼できない語り手” --わたしたちが孤児だったころ 

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イシグロ作品3作目です。
この作品について、作品そのものを読み終わった直後よりも、訳者のあとがきを読んで「ああ、なるほど」と思いました。


訳者があとがきで触れている『イシグロ作品に常に登場するUnreliable Narrator(信頼できない語り手)』(P412)です。


「日の名残り」も「わたしを離さないで」も主人公の語りで作品が展開されていて、“信頼できない語り手”というキーワードを通すと、ストンと落ちてくるものがあります。 


フロイトが患者の語りを聞いているとき、幼少期における性的虐待のエピソードが患者から出てきて、しかし、実際にはそんな事実はなかったという症例もあったそう。
これについてはいろんな観点から眺めることができますが、実際にそういった事実があったかどうかに着目するのではなくて、患者にとってそういう内的現実があるということに目を向けることが精神分析では大切になってきます。
事実は変わらないけれど、内的現実は変容していけるのです。 


逆にいうと、“語り”って実はとても曖昧で難しい。
同じ事実でも、人が異なると見方は幾通りにも変わってくる。

中学生の頃にリンゴの例えを先生から教えてもらいました。

リンゴに小さな傷がついています。
Aさんは「小さな傷はついているけれど、このリンゴは実においしそうだ」と言い、Bさんは「このリンゴには傷がついている。せっかくのリンゴも傷がついていては台無しだ」と言います

聞き手はリンゴが見えない状態でAさんとBさんの語りを聞くと、同じものを語っているのにリンゴに対する印象は変わってきます。
語りは“騙り”でもある。 


しかし視点を変えて見ると、語りはその人の内的現実がよく表れているのでしょう。
語りは客観的事実ではなく、その人の語りです。
客観的事実を述べたければ、3人称を使えばいい。
(3人称でも、書き手の味はつくし、完全に客観的事実が描かれるかと言ったらそうでもないことも多いけれど。まあそれはさておき)




と、ここまで書いて作品についてまったく触れていないことに気づきました。
わたしは前半の主人公の冷静に見つめようとする語りと、後半の冷静さを欠いた語りに、大きな違和感を感じたからです。
つまり、語り手(主人公)を信頼して読んでいたはずなのに、この語り手を信用していいのだろうかと後半は不安になりながら、ストーリーを追っていました。
探偵という客観的な視点をフルに活用して事件の謎を解いていく職業の人にあるまじきほど、主観的で盲目的といっていいほどの行動をとる主人公に、どうなんだそれと思い続けて、最後にはいろんな意味で裏切られて主人公と一緒に絶望に襲われてしまって。
訳者のあとがきの「信頼できない語り手」にああなるほどと膝を叩いたのでした。



“信頼できない語り手”として、主人公の内的な世界に思いを馳せながら読むと、また違った感触を楽しめるかもしれない、と思いました。
分厚いのでしばらくは読み返さないと思うけど、また再読してみたいです。
そして、次のイシグロ作品は“信頼できない語り手”というキーワードを頭にとめながら読んでみようと思いました。





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by minori_sb | 2017-06-17 07:30 |


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